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168号 感話:還相の仏さま [ 平成30年11月30日 ]

冬囲いの御礼

168号 感話:還相の仏さま  11月24日朝、鋸山、金倉山はうっすらと雪化粧していました。その前日有縁講の赤倉ホテルでは5cmほどの積雪がありました。いよいよ冬の到来です。寺の境内は冬囲いが施され、冬を迎える準備ができました。恵以真会の皆様はじめ大勢の方々のお陰です。ありがとうございました。


赤倉ホテル有縁講

168号 感話:還相の仏さま  元上組の皆様とバス2台、77名で参加してきました。有縁講はお風呂も宴会も楽しいのですが、ご法話を聴聞できることが大きな特徴です。右の写真はご聴聞の様子です。ご講師今泉温資(としし)先生のお話しに何度も我が身を振り返り、笑顔と頷(うなづ)きをいただきました。笑顔っていいですね。参加された方はきっと自分の笑顔を探しておられます。見つけられなかった方も、参加されなかった方もこれだけの笑顔を見れば嬉しくなります。


168号 感話:還相の仏さま  今泉先生は、親鸞様にまつわる「越後の七不思議」に触れられました。「親鸞様が本当にそんなことをなさったのか、証拠はあるのか」と、かつてご高名な研究者をご案内したときに尋ねられました。「証拠がなくては信じることができない」と、感想を述べられたそうですが、今泉先生は「七不思議の物語にして親鸞様を偲びご恩徳を伝えてきたことに伝承の尊さがあるのではないですか」とご自身の思いを語られました。親鸞様にみ教えを聞かれた方は自分のこころの中にさまざまな不思議が起こったのだろうと推測できます。また今泉先生は、明鏡寺様からのご参加が多かったことに気づかれ、七里恒順(ごうじゅん)さんの「お念仏しなされや」のお言葉にも触れられました。私は、お念仏のご縁は理屈ではないのだと思います。お念仏のお謂われを繰り返しご聴聞させてもらううちに、自分自身の生き方が変わってくるのだと思います。それもまた不思議と感じます。ともどもお念仏致しましょう。


やなせななさん

168号 感話:還相の仏さま  新潟教区仏教婦人大会で「やなせなな」さんのご法話をお聞きしました;
 30歳で子宮体ガンが発症し、いのちが助かった代わりに、子供が産めない体に。術後の経過は良好で体はすっかり元気になったのに、私は落ち込みました。結婚をした、子どもができたと幸せそうな年賀状が届けられると、どうして私だけがこんな病気になったのだろうと、一人ふとんに顔をうずめて泣きました。阿弥陀さまに「なんにも願い事を叶えてくれない仏さまなんだ」と八つ当たりもしました。そんなやなせさんはあるとき、「自分だけが」と思っていた苦しみやつらい想いが、自分だけではなかったと、人との出遇いで気づかされます。そして「煩悩障限雖不見(ぼんのうしょうげんすいふけん) 大悲無倦常照我(だいひむけんじょうしょうが)」のお正信偈のことばを紹介されました。
 私たちにも普段何気なしに読み通り過ぎていく言葉が人生を支える大きな力となって現れる「瞬間」があると思います。それをやなせさんのご著書の中で味わいたいと「ありがとう ありがとう さようなら さようなら」(さくら舎刊 2014)をサイン付で買い求めました。彼女は東日本大震災復興支縁にもご尽力されていてこんな文章が書かれています;
 誰もがみんな、他人では代わることのできない苦しみや悲しみを背負ってそれぞれの毎日を生きています。(それでも)自分はひとりぼっちではないのだと実感する瞬間を誰かと共有できるかも知れません。

どう考えても 
ひとは、ひとりぼっちで生きるよりほかないのに
なぜ
誰かの痛みに泣き
誰かの笑顔に喜びを見出すのか
なんと不思議な尊さよ

これが「仏性(ぶっしょう)」と呼ばれるものかも知れません。つながり合い、大きくなり、困難にも立ち向かえるほどの大きな力になる。仏さまと名付けられたものの正体が、そこにあるような気がしました。
 やなせさんの「ありがとう ありがとう さようなら さようなら」はお薦めです。すべて平易な言葉で書かれていますが、ご法義が説かれています。「煩悩にまなこさへられて 摂取の光明みざれども 大悲ものうきことなくて 常に我が身を照らすなり」のご和讃を、音楽法要の中で大好きになった私は、やなせさんのご著書を読みながら口ずさんでおります。



感話 還相の仏さま

168号 感話:還相の仏さま 28日(水)、大勢の参詣の皆様と共に、永代経報恩講・第10代住職釋了凢百回忌が勤修されました。ご法話をいただいた明鏡寺ご住職井上宗慶さんは、了凢さんと明鏡寺から出られた七里恒順和上の関係を、了凢さんの父祐了さんに遡(さかのぼ)って年代を追いながらご説明下さいました。そもそも恒順様と祐了さんが長岡長永寺の塾で共に学んだ仲であったことから、万行寺で了凢さんをお預かりした旨を親しみを込めてお手紙にしたためられたことなどを紹介され、150年の時空を超えて往時を偲ぶことができました。この法要に、了凢さんのお孫さんお二方が東京、神奈川からお参りいただいていました。井上先生のご法話で「お浄土に生まれること」の意味が説かれました。いのちが終えたときがすべての終わりではなく、浄土に生まれて往くこと(往生)、そこで仏になられるだけでなく、さらに進んでこの世に還りきて私たちをすくって下さるのですと。お孫さんの竹下寿子様は、「まるで了凢さんがここにおられるような気持ちになり、とっても嬉しかった」と喜んでくださいました。お浄土があることで、生死を超えて前向きに生きることができるのだと改めて気づかされました。合掌


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