154号 感話:一生懸命を支える阿弥陀さまの願い [ 平成29年10月2日 ]
実りの秋 稲刈りが進んでいます
前島町西側の田んぼはまだ刈られていないところも所々あります。耕作を委託されている田んぼは田植えの時期も時間差でされていましたのでもう少しの間黄金色の田んぼの景色が楽しめます。前島の南側、青島地区の田んぼにはさ架けを見つけました。懐かしい景色でした。
言葉の力
Mさんに届け物をしました。Mさんが「たまには寄っていけて」と言ってくれましたが、母をこれから訪ねるのでと玄関先で用事を済ませ帰ろうとすると、「母親を大事にしなければダメらよ」「オレの母親なんて旦那を早く亡くして苦労したけど、オレが田んぼや畑仕事をして帰ってくると、オレの顔を見ないで、独り言みたいに『お前が居てくれればオレはそれで幸せだ』と何度もつぶやいた。母親とはそんげなもんだよ」「だから母親は大事にしんけばダメらよ」とまた繰り返しました。その足で母の居室を訪ねると第一声「今日は吉子さんも一緒らね。ああ嬉しい」と顔も嬉しそうにしました。そう言われて悪い気はしません。連れ合いも「私も嬉しいです」と答えました。3,40分過ごして「もう帰るよ」というと「別れるのが一番イヤらね」と不機嫌に言って「別れることはつらいけど 仕方がないんだ君のため・・・・」と「星影のワルツ」を歌い出しました。ここでもういっとき留まって一緒に歌い、最後は父の遺影の前で恩徳讃も歌いました。少しでも長く居て欲しいと願う母。そんな母を置いて帰るのですが、Mさんのことばを思い出し、母の有り難さを思いました。
言葉の戦争
一国のリーダーが他国のリーダーを口汚い言葉で誹謗し、それに対してさらに激しい言葉で仕返しする。子ども同士であればそこで取っ組み合いのケンカに発展してしまいます。子どもの頃、アメリカの大統領といえば無条件に偉いひとだと思っていました。大統領は品格を保ってこそと思いますが、今は大統領の言動を批判すれば済むという段階を超えています。言葉の戦争がいつ武力の戦争に発展するかわかりません。そんな危機を感じます。新潟日報投書欄に高校生が書いています;「戦争をなくすために必要なのは相手の価値を認め、受け入れることだと思います」(池津楓香29.9.25)。
「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」と昔の人は教えています。
秋のお彼岸:家族礼拝
「子ども達はまいにちまいにち、ひっそり戸の陰に隠れて、外へ出ようとしませんでした」と始まるや、たちまち板垣久仁子さんの語りの世界に引き込まれました。ただ耳を傾け板垣さんの声とことばを頼りに鬼子母(きしも)とお釈迦さまのやりとりを想像します。子どもをなくした親の悲しみに気づいて声をあげて泣く鬼子母の姿は、聞いていた子ども達のこころにどんな風に映ったのでしょうか。ひとの悲しみが分かる人間でありたいと思いました。
感話: 一生懸命を支える阿弥陀さまの願い
善導さんといえば「善導独明佛正意」とお正信偈の節(ふし)の変わり目を思い出されることでしょう。右の写真は善導大師の書かれた石碑拓本です。柏崎の真宗大谷派勝願寺様にかけられていたお軸だそうです。法友Sさんが戊辰戦争史跡研修で出遇われ私に色紙に貼って届けて下さいました。私は「こころに響くことば9月号」で善導大師の観無量寿経にまつわる話でちょっとした感動を覚えていたところだったのでつながるご縁を感じました。このことは10月の日曜法座でもお話したいと思います。
論功行賞ということばがあります。「手柄の有無・大小を論じ定めて,それに応じた賞を与えること」、もっと平たくいえば「頑張ったひとに与えられるご褒美」です。それも金メダルから入賞、金賞から佳作、文化勲章から勲六等などそれぞれの成果に応じて、ご褒美が与えられます。もらえなかった人たちもその努力を讃えます。大切な仕組みだとも思います。観無量寿経にもそのようなご褒美の有り様が書かれています。凡夫の姿を勉学修行に励むひと、少しずつ善いことを積み重ねていくひと、何度も悪事を重ねる事でしか生きていけないひとなど「上の上」から「下の下」まで九段階に分けて描写されています。自分はどこに居るのかなと思ってしまいます。上記の拓本で善導大師が「光明遍照十方世界念仏衆生摂取不捨」の言葉を選び取られて書き遺しておられます。どんなひとりも見捨てられることはないと誓われた阿弥陀さまの願いです。わざわざ九段階にランクを定め向上心を鼓舞した上で、「下の下」の凡夫こそが阿弥陀さまの目当てであったと善導大師は見抜かれました。「仏の誓い信ずれば いとおろかなるものとても すぐれし人とほめたまい 白蓮華とぞたたえます」としんじんのうたにあります。安心して自分のできることを頑張ればいいのですね。合掌
鐘の撞き納め
秋の家族礼拝で鐘の撞き納めをしました。
夕方6時になると鐘突を手伝ってくれた保育園の子ども達、小学校の子ども達に感謝です。また、来年春のお彼岸から撞きに来て下さい。