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第61号(感話:わたしにも すてきなところ あるんだよ) [ 平成22年1月7日 ]

1月の法語(法語カレンダーより)

第61号(感話:わたしにも すてきなところ あるんだよ) 「往生というは 浄土に生るというなり 」

今年の法語カレンダーは表紙に「選択本願は浄土真宗なり」とあります。また、毎月の法語は、親鸞聖人のお言葉が掲げられます。
カレンダーを彩る絵は「親鸞聖人伝絵(徳力富吉郎氏版画)」です。1981年の作品「親鸞聖人伝絵27景」から選考された13点だそうです。このHPでも毎月伝絵を紹介します。
左の伝絵は表紙に飾られた「越後居多が浜」です。


あけましておめでとうございます

第61号(感話:わたしにも すてきなところ あるんだよ)  新しい年をどんなふうにお迎えですか。国の22年度予算案が示され、税収よりも国債発行額が多いという普通の家庭では考えられないやりくりになっています。それだけ厳しい現実があるということです。本願寺ご門主様の「年頭の辞」の中で「一般に、相談事がある時、お寺に行こうとは思わないようです」と現状を指摘され、ひとり一人の苦悩を受けとめ、共感できる開かれた寺となるために、教えを伝える工夫とともに、教えを聞こうという心を育てることの大切さと、門信徒の協力を得て、入口を広くする努力を訴えておられます。このお言葉を私に向けられたものと受けとめて新たな1年をスタートしたいと思います。どうぞご指導とご協力をお願い申し上げます。
 今年は寅年で私は年男、還暦でもあるのです。還暦に赤いチャンチャンコなんて人のことと思っていましたが、自分がその年になりました。中学生の頃、手相を眺め勝手に、生命線が短いからきっと50くらいまでしか生きられないと予測していました。それを思えばよくもここまで生きてこられたと不思議な感謝の念が沸いてきます。小紙「託念てらだより」は6年目を迎えます。先の日曜法座のお茶の席で「60号になったんですね。私は全部綴じてありますよ」と言ってくださった方がおられました。「私もですよ」とお隣の方も。なんと有り難いことでしょうか。励みになりますね。さらに有り難いことに毎月世話方の皆さんに配っていただいております。紙面を借りて御礼申し上げます。


御正(しょう)忌(き)報恩講法要  西本願寺

 1月9日(土)〜16日(土)
 親鸞聖人のご命日は旧暦の11月28日ですが、これをさかのぼって新暦に当てはめると、1月16日になります。本願寺(お西)では新暦で御正忌報恩講をお勤めしています。ご本山の報恩講にどうぞお参りください。


寒気団到来

第61号(感話:わたしにも すてきなところ あるんだよ)  あたたかいと喜んでいましたが、急の大雪でした。12月18日、19日は境内地周り道路の側溝工事のため降りしきる雪にも拘わらず、消雪用地下水を流すことができませんでした。写真は20日日曜日朝の様子です。一晩で40cmくらいは降ったのでしょうか。車は雪にすっぽり埋まってしまい、久しぶりにみる雪景色になりました。ありがたいことに、終(しま)い日曜法座が始まる11時前には参道がなんとか通れるように雪道をつけていただきました。雪はやっかいでありますが、こうして写真を見ると思わずきれいだなと感激もします。


感話 「わたしにも すてきなところ あるんだよ」

第61号(感話:わたしにも すてきなところ あるんだよ)  群馬大学教育学部で集中講義を担当させてもらっています。講義室に向かうエレベーターの前に標語ポスターが貼ってありました。優秀賞の小学生の標語は「あなたにも すてきなところ あるんだよ」というものでした。小学生が自分に向けて言ってもらったこのひと言で、落ち込んでいた気持ちから立ち直ることができたのかも知れません。その日の講義では生後1歳までの親子コミュニケーションの発達をテーマにして勉強をしました。ことばはコミュニケーションを通して学習され、生きる力は人との係わりから育まれますが、そのための基本的な姿は1歳までにその原型が作られます。
 今我が家に3歳と、0歳4ヶ月になる孫ふたりが来てくれています。4ヶ月の孫湊太は泣き声ではない機嫌のよい声を出しているときがあります。そんな声に引き寄せられて顔をのぞき込むとにこっと笑います。「おお笑った、笑った」とみんなで感激します。赤ちゃんの笑顔は人を仕合わせにしてくれますね。自分ではまだほとんど動くことができないのに眼と眼があって笑顔をもらうと、こちらが嬉しくなって思わず笑顔を返します。この返された笑顔を赤ちゃんもしっかりと受け取っているのでしょう。声を出して身体をバタバタさせてそれを示してくれるのです。この瞬間は、心を通わせている仕合わせ気分を赤ちゃんも共有しているのです。この時期にすでに自分が受け入れられている存在であることを感じとっているのです。これは立派なコミュニケーションです。1歳前に肯定的な心の共有関係をたくさん持つことがコミュニケーションを活発にし、自然にことばの誕生につながっていくのです。ことばがでる前に赤ちゃんはいったい何回自分の名前を呼ばれるのでしょう。何回「かわいいね」と声をかけてもらうのでしょう。


第61号(感話:わたしにも すてきなところ あるんだよ)  3歳になった兄結斗は、弟湊太が泣いていると、横になって手を握り、「ダイジョウブ、ダイジョウブ」とあやします。母親がするように。湊太が泣きやめば母親は自分をかまってくれる、そんなことを期待しているのでしょうか。あるいは褒めてもらいたいのでしょうか、それとも大好きなお母さんがするようにただまねをしたいのでしょうか。
 食事の時、テレビのリモコンをもって「ごはんの時はテレビパチンでチョ」といって消しました。テレビに向いていた視線が たちまち結斗へ戻りました。「お前はいい子だね」と褒められます。コミュニケーションはいうまでもなく双方向関係です。一方的な刺激や受け取りはコミュニケーションとはいいません。ですからどんなに子どもによい教材でも番組でもビデオやテレビに任せておいてはコミュニケーションの基礎を作ることはできないのです。
私にもすてきなところがあると人に認めてもらえると元気がでます。生まれたときからいのちが絶えるときまでそんなことばと係わりが支えになるのです。ひとりももらさない受容と賞賛を私たちはずっとむかしから仏さまからいただいてきました。合掌


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